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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)1202号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

第一審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

一検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はいずれも本件とは事案を異にして適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

二しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決は、以下に述べる理由により、結局、破棄を免れない。

本件公訴事実のうち、所論の指摘する公文書毀棄の事実の要旨は、被告人は、昭和五〇年三月二四日午前五時一〇分ころ、公務執行妨害の現行犯人として大阪府布施警察署勤務の巡査部長榎本駿、同巡査筒井隆雄らに逮捕され、同日午前五時一五分ころ、東大阪市俊徳町一丁目一八二一番地の七所在の大阪府布施警察署刑事課調室において、同課司法警察員巡査部長島田重賢より被疑事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げられ、これに対する供述をしたので、右島田巡査部長において右供述を「一、ただ今いわれたことについて私は警察官の肩をさわつただけで殴つたことはありません。二、弁護人のことについては、私のよく知つている山田正一弁護士」と弁解録取書に記載したところ、被告人は、いきなり右弁解録取書をひつたくり、両手で丸めしわくちやにして床上に投げ棄て、足で踏みつけ、更に拾い上げて引きちぎり、もつて公務所の用に供する文書を毀棄した、というものである。

原判決は、右公訴事実をそのまま認めたうえ、更にこれに加えて、司法警察員島田重賢は、右弁解録取書の被疑者住居・職業・氏名・生年月日欄に被告人の述べたところをそのまま記載し、次に、同用紙に印刷された不動文字を利用するなどして「本職は、昭和五〇年三月二四日午前五時 分ころ、大阪府布施警察署において、右の者に対し、現行犯人逮捕手続書記載の犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げたうえ、弁解の機会を与えたところ、任意次のとおり供述した。」と記入したこと、もし公訴事実記載のような被告人の毀損行為がなかつたならば、同司法警察員としても、被告人の供述内容の書き入れを完了した後、そのでこれを被告人に読み聞かせ、記載に誤りがないと言えばそのままで、また、増減変更を申し立てたときはその旨を記載し、あるいはその述べた趣旨に従つて書入れ済の内容を加除、訂正したうえ、被告人に署名押印を求め、その後、右弁解録取書用紙の末尾に印刷された不動文字を利用して自己の所属する警察署名を書き入れたうえ、自ら署名押印して、その場で弁解録取書を完成する予定であつたことをそれぞれ認定した。刑法二五八条にいう「公務所の用に供する文書」とは公務所で使用、保管されている文書のことであるが、本件のごとく特定の公務員が職務上その完成を目ざして文書の作成にとりかかりその作成作業の途中にある場合においては、当該文書が、その作成作業に従事している公務員の立場を超え、組織体としてもその文書としての存在に意義、効用を認めうる段階に達してはじめて同条にいう「公務所の用に供する文書」と言いうるものであるとしたうえ、本件弁解録取書はいまだ右の段階には達していないとし、被告人の本件行為は刑法二五八条の罪を構成しないとした第一審判決を正当として是認した。

おもうに、刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」とは、公務所において現に使用し又は使用に供する目的で保管している文書を総称することは、つとに当裁判所の判例(昭和三七年(あ)第一一九一号同三八年一二月二四日第三小法廷判決・刑集一七巻一二号二四八五頁)とするところであるが、当該公務員が公務所の作用として職務権限に基づいて作成中の文書は、それが文書としての意味、内容を備えるに至つた以上、右にいう公務所において現に使用している文書にあたるものと解すべきである。

これを本件についてみると、本件弁解録取書は、その作成者が明示されていないとはいえ、公務員である司法警察員が公務所の作用としてその職務権限に基づき、原判決認定のとおりの文言を記載し、すでに文書としての意味、内容をそなえるに至つたものであることが明らかであるから刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当し、これらを前示の方法で毀棄した被告人の本件行為は、同条の罪に該当するものというべきである。したがつて、本件弁解録取書は同条の罪の客体たる「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないとして、被告人の刑責を否定した第一審判決の結論を是認した原判断には、法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼし、原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであることは明らかである。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を全部破棄し、直ちに判決することができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件について更に判決する。

第一審判決の認定した罪となるべき事実及び同判決中無罪の理由の項において掲記の各証拠によつて認定した本件弁解録取書毀棄の事実に法令を適用すると、被告人の所為のうち、第一審判示第一の所為は包括して刑法九五条一項に、同第二の所為は同法二〇八条、罰金等臨時措置法第三条に、同第三の所為は刑法二六一条、罰金等臨時措置法三条に、前記本件弁解録取書毀棄の所為は刑法二五八条にそれぞれ該当するので、公務執行妨害、暴行及び器物損壊の各罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、最も重い公用文書毀棄の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文及び但書を適用して第一審の訴訟費用のみを被告人に負担させることとする。

この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里)

検察官の上告趣意〈省略〉

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